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コラム

行政の現場から見えた共創の力。 担当部署が語るYOKOHAMA Hack!の真価とは

2026.01.19

2022年にスタートした「YOKOHAMA Hack!」は、行政が抱える課題を公開し、民間企業のデジタル技術と結びつける創発・共創のマッチングプラットフォームです。本コラム連載は、資料だけでは見えにくいYOKOHAMA Hack! の意義・背景・効果を、現場の体験や声とともにお伝えすることを目的としています。

 第3回となる今回は、横浜市側の視点に焦点を当てます。登場いただくのは、道路局計画調整部企画課の泉氏。慢性的な人手不足に直面していた交通量調査の現場で、なぜYOKOHAMA Hack! を活用しようと考えたのか。実証実験のプロセスを経て、行政の意識や業務はどのように変化したのか。当事者ならではの言葉から、共創の真価を探ります。

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横浜市道路局 計画調整部企画課 泉氏

人手不足で限界が見えていた交通量調査

―― まず、今回のテーマである交通量調査では、どのような課題を抱えていたのでしょうか。

泉氏:道路局では、約2年に一度、1回あたり50〜60か所の交差点で交通量調査を行っています。従来はすべて人の手によるカウントで、一つの交差点に3〜7人の調査員が必要でした。ここ数年の慢性的な人手不足の影響をもろに受け、人員の確保が非常に難しくなってきていたことが大きな課題でした。

 加えて、国としても ICT 化への転換を模索していましたが、当時は観測精度などに課題があり、本格導入には至っていない状況でした。既存の手法では、人手の確保が難しいという課題を抱えたままになってしまうという、現場としての強い危機感がありました。

―― そうした中で、なぜYOKOHAMA Hack! を活用しようと考えたのでしょうか。

泉氏:実は道路局としても、過去に交通量調査のICT化を試みたことがありました。しかし、精度やコストの面で課題が浮き彫りになり、導入を見送らざるを得ませんでした。その経験もあり、「行政だけで仕様を固めて発注する」やり方では難しいと感じていました。

 技術を持つ事業者の知見を生かしながら、課題の整理から一緒に取り組める仕組みはないか。ちょうどそのタイミングで出会ったのがYOKOHAMA Hack! でした。幅広い提案をいただきながら、実証という形でともに検証できる制度は、当時抱えていた課題にまさにマッチしていると感じました。

委託では得られない事業者と一緒に考える時間

―― 通常の委託とは、どのような違いを感じましたか。

泉氏:従来の委託業務では、行政側があらかじめ仕様や要件を固め、「こういうやり方でお願いします」と発注するのが一般的です。言い換えると、行政側で「答え」をある程度決めてから、受注者に作業をお願いしている形でした。

 今回は課題がまだ漠然としている段階から複数の事業者の方々と意見交換を重ねることができました。どういうアプローチだったら課題が解決するのか、どんな技術があるのかという段階から、課題そのものについて一緒に検討できたことは、単なる委託では得られなかった成果の一つだと感じています。

ワーキングで新たなソリューションを発見

泉氏:実証実験開始前の12月から継続的にワーキング※1を実施していました。実際に実証実験に参加された4社だけでなく、10社以上の事業者の方々に参加いただき、「こんな技術もある」「こういうデータの取り方もできる」といった提案を数多くいただきました。

 ワーキングでは、「カメラをどの高さ・角度で設置するかで精度が大きく変わる」といった具体的な論点や、カメラやLiDAR※2だからこそ得られるデータの可能性などについて、多くの意見交換がありました。当初は「車両の台数が分かれば十分」と考えていたところから、安全対策や渋滞対策の基礎資料にもなり得ることが見えてくるなど、今まで見えなかった「もやもや」が少しずつすっきりしていったと感じます。

 また、現場での実証実験に向けては、4社それぞれの得意分野や技術の成熟度が異なる中で、公平性に配慮しながら評価の観点を整理する必要がありました。道路局と事業者だけではなく、デジタル統括本部デジタル・デザイン室、政策経営局データ経営課にも加わってもらい、「単なる発注者・受注者」ではなく、同じチームとして一つひとつ課題を確認しながら進めていけたことも、YOKOHAMA Hack! ならではのプロセスだったと思います。

※1 ワーキング:デジタル技術を有する企業の関係者が一堂に会し、課題解決に向けた方策について意見交換をする。

※2     LiDAR:Light Detection And Ranging の略称。無数のレーザー光を照射し、各反射光の情報をもとに対象物の位置情報を計測する技術

AI活用への心理的ハードルが下がり、業務改善の議論が広がった

―― プロジェクトを通じて、職員の意識や現場にはどのような変化がありましたか。

泉氏:今回の実証では、カメラやLiDARなどのセンサーから得られたデータをAIで解析する手法も試しました。道路局ではAIを活用する事例が少なく、「こんなことまでAIでできるのか」という驚きが職員の間に広がりました。


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カメラによる交通量調査

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LiDARによる交通量調査

 DXに対する心理的ハードルが大きく下がり、単に一つの業務を効率化しただけでなく、「デジタル技術を前提に業務を見直してみよう」というきっかけの一つになったと感じます。

 加えて、カメラやLiDARの活用によって、歩行者の動きや滞留状況など、より多面的なデータが得られることも分かりました。結果として、交通量調査にとどまらず、安全対策や渋滞対策の検討に活用できる可能性を見出せるなど、波及効果の大きさも実感しています。

実証を踏まえてICT化を推進

―― 実証実験の成果は、その後どのように生かされているのでしょうか。

泉氏:実証実験を通じて、従来手法と比較した際のコスト削減や業務効率化の効果を確認することができました。また、精度の面でも、一定の条件を満たすかたちで十分実務に耐え得る結果が得られました。

 こうした結果を踏まえ、現在実施している全国道路・街路交通情勢調査(道路交通センサス)の交通量調査では、一部でICT化を導入しています。いわゆる「実証止まり」ではなく、全国調査という実務の場で活用が始まっていることは、私たちとしても大きな手応えだと感じています。

 もちろん、すべての調査を一気に新しい手法に切り替えられるわけではありません。だからこそ、YOKOHAMA Hack! を通じた実証実験で得られた知見を踏まえつつ、適用できる範囲を少しずつ広げていくことが重要だと考えています。

行政だけでは見えない視点と技術に触れられる場

―― 行政側から見たYOKOHAMA Hack! の価値について、改めて教えてください。

泉氏:一番大きいのは、行政だけでは気づけなかった視点や、私たちが知らなかった技術の可能性に触れられることです。現場では、どうしても日々の業務に追われ、「今あるやり方」を前提に改善を考えがちです。

 YOKOHAMA Hack! では、多様な民間企業の皆さまと直接対話しながら、「そもそも課題の捉え方は適切か」「別の切り口はないか」といったところから議論できます。このプロセスそのものに、大きな価値があると実感しています。

 企業の皆さまにお伝えしたいのは、「課題がまだふわっとしている段階でも、ぜひ一緒に考えてほしい」ということです。行政側も、最初から完璧な答えを持っているわけではありません。だからこそ、様々な技術やアイデアに触れながら、共に最適な解を探っていけるYOKOHAMA Hack! のような場が重要だと考えています。

まとめ:行政、民間双方にとってのYOKOHAMA Hack!の価値

 第3回のコラムを通じて再認識したのは、YOKOHAMA Hack! は単なる「実証実験の枠組み」ではないということです。人手不足や調査方法の限界といった現場の悩みからスタートし、企業との対話を通じてその解像度を高めていく。そして、行政の当事者として自らの業務の前提を問い直し続けながら、デジタル技術を組み込んだ新しいやり方を模索していく。このプロセス全体こそが、本プラットフォームが提供する一つの大きな価値であると考えています。

 企業にとっては、YOKOHAMA Hack! は単に「技術を売り込む場」ではありません。実際の道路交通センサスという全国規模の調査に直結するフィールドで、自社技術を検証し、行政の視点と擦り合わせながらブラッシュアップできる場でもあります。そこで得られた知見は、横浜市内でのビジネスだけでなく、他自治体や他分野への展開にもつながっていきます。さらに、現場職員との共創を通じて、「社会課題の解決に向けて共に汗をかくパートナー」として認識されることは、企業ブランドや社員のモチベーションという観点でも大きな資産になるはずです。

 そしてもう一つ大きな特徴は、「完成されたソリューションがなくても参加できる」という点です。むしろ、プロダクトの種となるような技術やアイデアを持ち込んでいただき、行政の課題と掛け合わせながら、一緒に解決策の形をつくっていくことこそがYOKOHAMA Hack! の醍醐味です。横浜というリアルなまちをフィールドに、事業者の皆様の技術がどのような価値を生み出せるのか。ぜひYOKOHAMA Hack! の扉を叩き、私たちとともに「問いを共有し、解き方を探る」共創の一歩を踏み出していただければ幸いです。